ダブルスの戦術というと、
「センターに打つ」
「先にネットを取る」
「前衛は積極的にポーチへ出る」
といったセオリーがよく語られます。
もちろん、どれも間違いではありません。
ただ、試合で本当に難しいのは、セオリーを知ることではなく、いつ、どのように使うかを判断することです。
以前、1969年に日本で出版された『プロのテニス』という本を読みました。原著は、オーストラリアのテニス記者アラン・トレンガブが編集した『How to Play Tennis the Professional Way』です。
この本では、10人の名選手がそれぞれ得意分野を担当しています。バックハンドはケン・ローズウォール、サーブはパンチョ・ゴンザレス、ボレーとロブはルー・ホード。そしてダブルス戦術を担当したのが、シングルスとダブルスを合わせてメジャー10勝を挙げたトニー・トラバートでした。
半世紀以上前の本ですから、当時と今ではラケットもコートもプレースタイルも違います。そのまま現代の正解として受け取ることはできません。
同じ1969年の別の本から、現在にも通用するダブルスの基本を考えた記事は、『オーストラリア式テニス』に学ぶダブルスの基本で紹介しています。
それでも読み返すと、トラバートが注意していたことの多くは、現在のダブルスにも通じています。
今回は、その内容を現在の研究や試合の変化と照らしながら、5つの原則に整理します。
※本記事は書籍の文章を転載するものではなく、内容を手がかりに筆者の経験と現代の研究を加えて再構成しています。
1.確実な戦術ほど、使い続けない
技術的に正しく、成功率の高い方法であっても、そればかり使えば相手に読まれます。
たとえば、リターンをクロスへ返すのはダブルスの基本です。ネットの低い中央を通せて、コートも長く使えます。
しかし、毎回クロスへ返すと分かれば、相手前衛は迷わずポーチへ出られます。
センターへのボレーも同じです。角度をつけられにくく、相手同士を迷わせられる安全なコースですが、同じタイミング、同じ高さ、同じ球速で繰り返せば、やがて待たれます。
大切なのは、セオリーを捨てることではありません。
軸になる確実なパターンを持ちながら、ときどき違う選択を見せることです。
現代の男子プロダブルスを分析した研究では、サーブ側は通常の陣形だけでなく、Iフォーメーションもファーストサーブ時の46%で使っていました。しかも、通常陣形とIフォーメーションの得点効率には大きな差がありませんでした。
それでもIフォーメーションが多く使われるのは、相手に「前衛がどちらへ動くのか」を読ませない効果があるからだと考えられています。
つまり、フォーメーション変更は必ずしも一発でポイントを取る奇策ではありません。相手の予測を不安定にし、基本戦術を効かせ続けるための変化でもあるのです。
2.自分が打ちやすい場所より、ペアが動きやすい場所へ打つ
シングルスでは、自分が次のボールを打ちやすい状況を作ることが大切です。
ダブルスでもそれは同じですが、もう一人、パートナーがいます。
自分にとって気持ちのいいショットが、ペアにとっていいショットとは限りません。
たとえば前衛がいる状況で、後衛が無理にストレートへ強打すると、前衛の横を速いテンポで抜かれたり、逆に相手前衛の正面へボールが入り、パートナーが守りにくくなったりします。
一方、センターへ低く返せば、相手の角度を消しやすくなります。ロブで相手を下げられれば、パートナーがポジションを整える時間も生まれます。
ショットの評価を、
「いいボールを打てたか」
だけで終わらせず、
「そのボールで、パートナーは次に動きやすくなったか」
まで広げてみてください。
ダブルスでは、一球の良し悪しより、その一球がペア全体の位置関係をどう変えたかのほうが重要なことがあります。
センターを使う意味については、テニスのセンターセオリーでも詳しく解説しています。
3.前衛の仕事は、すべてのボールを取ることではない
積極的な前衛というと、何度もポーチへ出てボールに触る選手を想像しやすいかもしれません。
しかし、前衛の価値は実際にボールを打った回数だけでは測れません。
少しセンターへ寄る。
ポーチに出るような動きを見せる。
相手のインパクト直前に一歩だけ動く。
それだけでも、リターンする側はストレートを意識し、クロスへ厳しく打とうとしてミスをすることがあります。
前衛の本当の役割は、すべてのボールを奪うことではなく、相手が安心して選べるコースを減らすことです。
一方で、何でもポーチに出ればいいわけでもありません。
- パートナーのサーブが甘くなった
- 相手が十分な体勢でリターンを打てる
- ストレートを何度も見せられている
- 自分のスタートが遅れた
こうした状況で無理に動くと、前衛がプレッシャーをかける側から、空いた場所を狙われる側へ変わってしまいます。
出るか残るかは、勇気の有無ではありません。サーブの質、相手の体勢、それまでの配球を材料にした判断です。
前衛の守備範囲については、ダブルスでの前衛の守備範囲はどれくらいかも参考にしてください。
4.サーブとリターンを「一球」で終わらせない
ダブルスでは、サーブとリターンの直後にポイントの形が大きく決まります。
それにもかかわらず、練習ではサーブを入れること、リターンを返すことだけで終わりがちです。
サーブ側なら、
- どこへサーブするか
- 前衛が動くか、残るか
- 返球されたボールをサーバーがどこへ打つか
までを一つの組み合わせとして考えます。
リターン側なら、
- 相手のサーブ方向を読む
- 相手前衛の位置と動きを見る
- リターン後に二人がどの位置を取るか
までがセットです。
先ほどの研究では、強いファーストサーブを受けるとき、リターン側の二人がベースラインに下がる陣形が53%使われていました。一方、セカンドサーブでは、その割合は18%まで下がっています。
つまりトップレベルでも、ファーストサーブとセカンドサーブで同じ立ち位置を続けているわけではありません。サーブの威力や攻撃できる可能性に応じて、ペアの形を変えています。
練習でも「サーブを10球」「リターンを10球」で終わらせず、サーブから3球目まで、リターンから4球目までを一つのパターンとして反復したほうが、試合の判断につながりやすくなります。
5.昔の正解も、今の正解も、全員には当てはまらない
1960年代のトップダブルスでは、サーブを打った選手がそのままネットへ出るサーブ&ボレーが、ほぼ前提のように扱われていました。
しかし、1980年代後半までの試合と2011年の男子プロダブルスを比較した研究では、サーブ&ボレーの使用率は大きく減り、グラウンドストロークの割合が増えていました。リターン位置も以前より後ろになっています。
ラケット性能、サーブ速度、リターン技術、サーフェス、ルール、選手の体格。環境が変われば、合理的な戦術も変わります。
だからといって、昔の教えが役に立たないわけではありません。
形をそのまま真似するのではなく、なぜ当時その選択が有効だったのかを考えることで、現在にも使える原則が見えてきます。
同じことは、現代のプロの真似をするときにも言えます。
トップ選手がIフォーメーションを多用しているからといって、サインも練習もなく形だけ導入すれば、かえって二人の守備範囲が曖昧になります。
試合前に確認したいのは、次の3つです。
- 自分たちが安定して繰り返せる形は何か
- 相手が嫌がっている形は何か
- 予定した形が崩れたとき、どこへ戻るか
正解のフォーメーションを探すより、ペアと相手に合わせて答えを更新できるほうが、実戦では強いと思います。
チャンピオンが見ていたのは、ショットではなく「関係」だった
今回紹介した5つをまとめます。
- 確実な戦術ほど、使い続けない
- 自分が打ちやすい場所より、ペアが動きやすい場所へ打つ
- 前衛の仕事は、すべてのボールを取ることではない
- サーブとリターンを一球で終わらせない
- 一つの正解を、全員に当てはめない
こうして並べてみると、名選手たちが気をつけていたのは、特別なショットそのものではなかったことが分かります。
自分とパートナー。
自分たちと相手。
基本のパターンと、それを読ませない変化。
ダブルスでは、この「関係」を見ながら一球を選ぶ必要があります。
セオリーは、答えを固定するためのものではありません。試合中により良い答えを選ぶための土台です。
昔のチャンピオンの言葉が今も面白いのは、打ち方よりも、その土台を考えるきっかけを与えてくれるからだと思います。
セオリーと戦術の関係については、テニスのセオリーを知らないと何が困るのかもあわせて読んでみてください。
参考資料
- アラン・トレンガブ編、竹内醸治訳『プロのテニス』竹内診療所、1969年(原著:How to Play Tennis the Professional Way, 1964)
- Kocib, T., Carboch, J., Cabela, M., & Kresta, J.(2020)Tactics in tennis doubles: analysis of the formations used by the serving and receiving teams
- Raasch, K., Hahn, A., & Ferrauti, A.(2025)Tennis Doubles development: Two historical snapshots of tactical changes on professional level over 20 years


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