テニスのサーブは読めないのに、なぜ改札前の「この人、止まりそう」はわかるのか

改札前で止まりそうな人とテニスのサーブを予測する場面 テニス脳
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相手がサーブを打った瞬間、毎回「どっちに来るかわからない」と感じる。

一方で、駅の改札を歩いているときには、前の人を見て「この人、止まりそうだな」と、まだ止まる前からなんとなくわかる。

同じ人間なのに、なぜ日常生活では次の動きを予測できて、テニスではできないのでしょうか。

その違いを考えてみると、テニスにおける「予測」が、反射神経や才能だけの話ではないことが見えてきます。

スポーツの上級者と初級者を分ける大きな要素の一つに、「予測・予期」があります。

ただ、予測能力を、

  • 「反射神経がいい」
  • 「動体視力が優れている」
  • 「生まれつき勘が鋭い」

といったものとして捉えている人も少なくありません。

もちろん、それらがまったく関係ないとは言いません。

しかし、スポーツにおける予測は、私たちが日常生活でも普通に使っている能力です。

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改札前で「この人、止まりそう」とわかる理由

駅の改札に向かって歩いているとします。

前を歩いている人の速度が少し落ち、鞄の中を探し始めた。

視線も改札ではなく、手元に向いている。

その瞬間、

「この人、改札の前で止まりそうだな」

と思って、少し横にずれた経験はないでしょうか。

まだその人は止まっていないのに、私たちは数秒後に起こりそうなことを予測しています。

ところが、テニスを始めたばかりの人は、相手がサーブを打つ構えに入っても、ワイドに来るのか、センターに来るのか、ボディに来るのかがわかりません。

改札前の人の動きは読めるのに、テニスのサーブは読めない。

なぜでしょう。

改札前では、誰もがかなりの上級者

私たちは、駅や街中で人が歩く姿を、これまでに何度も見ています。

  • 歩く速度が落ちる。
  • ポケットや鞄を探り始める。
  • 進行方向から視線が外れる。
  • 身体が横を向く。

こうした動きのあとに、人が立ち止まったり、方向を変えたりする場面を繰り返し経験しています。

そのため、一つひとつを意識して分析しなくても、

「このままだと止まりそうだ」

とわかります。

おそらく頭の中で、

「歩行速度が20%低下。右手が鞄に入った。視線も下を向いた。停止確率78%」

などと計算している人はいません。

そんなことをしていたら、計算が終わる前にぶつかります。

実際には、過去に見た場面と現在の動きを照らし合わせて、次に起こりそうなことを予測しています。

改札前では、私たちの多くは「改札前上級者」なのです。

つまり予測とは、未来を見る特殊能力ではありません。

過去に蓄積したパターンと、目の前で起きていることを結びつける能力です。

初級者は「相手を見ていない」わけではない

一方、テニスのサーブでは経験が足りません。

サーバーのトス、肩の向き、身体の傾き、ラケットの動きが目に入っていても、それがサーブのコースとどう結びつくのかがわからない。

初級者は、相手を見ていないわけではありません。

見えている情報の意味が、まだわからないのです。

外国語を知らない人が、文字は見えていても文章の意味を理解できないのと似ています。

上級者と初級者が同じ場面を見ていても、そこから読み取っている情報は同じではありません。

上級者には、

  • 「このトスなら、こちらへ来る可能性が高い」
  • 「この身体の向きでは、あのコースには打ちにくい」
  • 「このカウントでは、安全なコースを選びやすい」

という“意味”が見えています。

テニスの予測に関する研究でも、熟練者はボールが打たれたあとの軌道だけではなく、相手の身体やラケットの動き、立ち位置、過去の傾向など、複数の情報を使って打球方向を予測していると考えられています。

つまり、「相手をよく見よう」と言われるだけでは不十分です。

大切なのは、何を見るか以上に、

「見えたものが何を意味するのか」を知ることです。

一流選手でも「知らない動き」は読めない

この話で思い出すのが、デイヴィッド・エプスタイン著『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?』で紹介されている、MLBの一流打者とソフトボール投手ジェニー・フィンチのエピソードです。

普段は150kmを超えるボールを打っている一流打者たちが、フィンチの下手投げにはうまく対応できませんでした。

理由の一つとして考えられるのが、反射神経ではなく「予測」です。

野球投手の肩や腕の動きから球種やコースを読む経験は膨大にあっても、ソフトボールの下手投げを読むための“辞書”を持っていなかった。

身体能力が突然落ちたわけではありません。

見えている動きから「次に何が起きるか」を判断するための経験が足りなかったのです。

世界最高レベルの打者であっても、見えているものに意味をつけられなければ予測は難しくなります。

予測できるようになるには何が必要なのか

私自身、長くテニスをしてきて「なぜ相手のコースを予測できるようになったのか」と考えると、大きく二つの理由があります。

一つは、たくさんテニスを勉強してきたこと。

もう一つは、プロの試合をたくさん見てきたことです。

テニスを勉強していくと、技術と打球方向の関係が少しずつわかってきます。

たとえば、グリップや身体の使い方によって、打ちやすい方向と打ちにくい方向があります。

走りながら打つときには、走っている方向へ返しやすくなる場面もあります。

もちろん、これらは絶対的な法則ではありません。

しかし、相手の状況や技術的特徴から、

「この状況では、こちらに打つ方が自然だろう」

と考えられるようになります。

また、予測の材料はフォームだけではありません。

スコアや試合展開も関係します。

0−30になれば、プロでもそれまでより丁寧にプレーすることがあります。

何度も同じ選手を見ていれば、

  • 「この選手は苦しくなると、バック側へサーブを集める」
  • 「重要なポイントでは、得意なパターンを使う」

といった傾向も見えてきます。

熟練者の予測は、フォームなどの身体的な手がかりだけではなく、スコア、相手の傾向、コート上の位置といった状況情報も組み合わせて行われます。

私は長い時間をかけて、

「この打ち方だと、こうなることが多い」

「この状況では、この選択をしやすい」

というパターンを蓄積してきました。

それが、テニスにおける「この人、止まりそう」にあたるものなのだと思います。

上級者は、未来を当てているわけではない

ここで勘違いしてはいけないことがあります。

上級者は、すべてのショットを言い当てているわけではありません。

予測とは、

「絶対にワイドへ来る」

と決めつけることではありません。

「ワイドへ来る可能性が少し高い」

「少なくとも、センターの可能性は低そうだ」

と、選択肢を減らすことです。

三つの可能性を、一つに決めるのではない。

三つある可能性を、二つくらいまで絞る。

この少しの差が、準備の早さに影響します。

改札前で前の人が止まりそうだと思っても、私たちは反対側の壁まで全力で逃げません。

少し歩く速度を落とす。

半歩だけ横へずれる。

相手の次の動きを見続ける。

テニスも同じです。

ワイドの可能性が高いと感じたら、そちらへ反応しやすい準備をする。

それでもセンターへ来たときに対応できる余地は残しておく。

予測は、当てにいく“賭け”ではありません。

次の動きを少しだけ早くするための準備です。

100%当てる必要はありません。

相手が打ってから初めて反応する状態を、ほんの少しだけ前倒しできればいいのです。

「ボールをよく見る」だけでは、予測は上手くならない

では、一般のテニスプレーヤーはどうすればいいのでしょうか。

指導者や競技選手であれば、技術を学び、プロの試合をたくさん見ることには大きな意味があります。

ただ、週に一度テニスを楽しむ人に、

「プロの試合を何百試合も見てください」

「グリップと打球方向の関係を勉強してください」

「スコアごとの配球傾向を分析してください」

と求めるのは現実的ではありません。

だからこそ、最初からすべてを読もうとする必要はありません。

まずは一つの情報と、その後に起きたことを結びつけるだけで十分です。

たとえばサーブなら、

「この人はデュースサイドから、どこへ打つことが多いのか」

ということだけを見る。

ストロークなら、

「相手が大きく走らされたとき、どちらへ返すことが多いのか」

を見る。

そして、自分の予想が当たったか外れたかだけではなく、

「今の状況では、なぜそのショットを選んだのだろう」

と考えてみる。

これを繰り返していくと、少しずつ自分の中に「テニスの辞書」ができます。

改札前で、

「速度が落ちた+鞄を探した=止まりそう」

と感じられるようになったのと同じです。

予測は「才能」よりも「意味を知ること」

サーブが読めないからといって、

「自分は反応が遅い」

「センスがない」

と決めつける必要はありません。

単純に、相手の動きと、その後に起きることの関係をまだ十分に知らないだけかもしれません。

見る。

結果を見る。

「なぜだろう」と考える。

また見る。

その繰り返しによって、意味のなかった動きが少しずつ意味のある情報に変わっていきます。

そしてあるとき、

「なんとなく、こっちに来そう」

と感じられるようになる。

その「なんとなく」は、本当に何となくではありません。

それまでに蓄積した経験が、意識するよりも早く答えを出しているのです。

次回は、「では実際の試合で何を見ればいいのか」というところまで、もう少し具体的に掘り下げてみます。

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